旅行や出張を控えている方へ
インプラント治療は、失った歯の機能と美しさを回復させる優れた治療法であり、多くの方が快適な食生活と笑顔を取り戻しています。しかし、治療を終えた後や治療中に、旅行や出張で飛行機を利用する予定がある方は、「インプラントの体に埋め込まれた金属が飛行機内で影響を及ぼさないか」「気圧の変化で痛みが生じるのではないか」といった、特有の不安をお持ちになることがあります。
インプラント治療は顎の骨に人工歯根(インプラント体)を埋め込む外科処置を伴うため、治療の時期によっては、飛行機の利用に関して注意が必要な場合があります。しかし、多くの場合、適切な知識と準備があれば、安心して空の旅を楽しむことが可能です。インプラント体に使用されているチタンは、生体親和性が高く、非常に安定した素材であるため、飛行機の環境が直接的にインプラントに悪影響を与えることはほとんどありません。
この記事では、大宮銀座通り歯科の院長として、インプラント治療後の飛行機搭乗に関する医学的な見解、痛みへの対策、そしてセキュリティチェックに関する疑問について、専門的な知識に基づいてご説明します。治療後の生活の質(QOL)を損なうことなく、安心して移動できるよう、ぜひ参考にしてください。
飛行機に乗ったらインプラントは痛む?
インプラント治療後に飛行機へ搭乗することに対する最も一般的な懸念は、「飛行機内の気圧の変化によってインプラント周囲に痛みが生じるのではないか」というものです。この疑問について、時期を分けて詳しく解説します。
- 治療が完了し安定している場合
インプラント体が骨と完全に結合し、上部構造(人工歯)まで装着されて治療が完了し、その後、口腔内が安定している状態であれば、飛行機への搭乗によって痛みが生じることは、原則としてありません。インプラント体は顎の骨と強固に一体化しており、気圧の変化が直接的にその結合に影響を与えることはありません。
- 外科手術直後や骨結合の治癒期間中の場合
一方で、インプラント埋入手術の直後や、骨とインプラント体が結合している治癒期間中は注意が必要です。
- 手術直後: 手術の傷口がまだ塞がっていない時期や、抜歯窩(歯を抜いた後の穴)に治りかけの血の塊(血餅)がある状態では、急激な気圧の変化(特に離着陸時)によって、稀に歯や副鼻腔に軽い痛みを感じることがあります。これは、上顎のインプラント治療で副鼻腔に近い部位を処置した場合などに生じやすいですが、インプラントが原因というよりは、手術の影響によるものです。
- 「航空性歯痛」のリスク: 飛行機搭乗中に気圧の変化で歯の痛みが生じる現象を「航空性歯痛(Aerodontalgia)」と呼びますが、これは、インプラントではなく、治療途中にある天然歯や、歯の内部にガスが溜まっているような未治療の虫歯などで発生しやすいものです。インプラント自体が安定していれば、このリスクは非常に低いです。
安全のため、インプラント手術を受けてから最低でも1週間、可能であれば2週間以上は期間を空けてから飛行機を利用することが推奨されます。搭乗前に、必ず担当医にご自身の状態を確認してください。
金属探知機はインプラントに反応する?
海外旅行や出張で飛行機を利用する際、保安検査場での金属探知機に、インプラントが反応してしまうのではないかという不安もよく聞かれます。インプラントはチタンという金属でできていますが、この点について医学的な見地から解説します。
- インプラントが反応する可能性は極めて低い
インプラントの人工歯根(インプラント体)は、主にチタンという金属でできています。チタンは強度が高く、生体親和性に優れた素材ですが、金属探知機が反応するかどうかは、埋め込まれている金属の「量」と「種類」、そして「探知機の感度」に依存します。
一般的なインプラント体は非常に小さく、顎の骨の内部に深く埋め込まれているため、探知機がインプラント体単独で反応する可能性は極めて低いとされています。これまでの歯科医療の歴史や、空港での検査事例においても、インプラントが原因で金属探知機が反応したという報告は、ほとんどありません。
- 注意が必要なケース(人工関節など)
金属探知機が反応しやすいのは、インプラントよりもはるかに大きな金属が体内に埋め込まれているケースです。例えば、人工関節(股関節、膝関節など)や、脊椎固定用のプレート、心臓のペースメーカーなどは、大きな金属体であるため、反応する可能性があります。
- 不安な場合に備える対策
インプラントが金属探知機に反応する可能性は低いものの、万が一に備えたい方、あるいは金属探知機に対する不安がある方のために、以下の対策があります。
- インプラント治療証明書を携行する: 担当の歯科医院に、インプラント治療を行ったことを証明する書類(インプラント手帳や証明書など)を発行してもらい、携帯しておくと安心です。万が一検査で時間がかかった場合に、スムーズに事情を説明できる場合があります。
- 事前に係員に伝える: 心配であれば、検査を受ける前にセキュリティチェックの係員に「歯にインプラントが入っている」ことを口頭で伝えておくことも可能です。
インプラントのチタンは磁気を帯びる心配もなく、飛行機の運航や機材に影響を与えることも一切ありませんので、ご安心ください。
搭乗中に歯が痛んだら
インプラント治療が完了し、口腔内が安定している状態であれば、飛行機搭乗中にインプラント自体が痛む可能性は極めて低いことをお伝えしましたが、旅先や搭乗中に予期せぬ歯の痛みが生じる可能性はゼロではありません。特に、インプラント周囲ではなく、他の天然歯に問題がある場合に発生しやすいです。
搭乗中に歯が痛む、またはインプラント周辺に違和感が生じた場合の応急処置と、事前の準備について解説します。
- 応急処置の基本(天然歯の痛みの場合)
もし搭乗中に急に歯が痛み出した場合、それは「航空性歯痛」である可能性があります。これは、未治療の虫歯や歯の根の先に炎症がある場合に、気圧の変化で症状が誘発される現象です。
- 鎮痛剤の服用: 事前に歯科医師に相談し、普段使い慣れている鎮痛剤を機内に持ち込み、痛みが始まったらすぐに服用して痛みを和らげてください。
- 冷やす(間接的に): 痛む部分を冷やすことは有効ですが、機内では保冷剤などがない場合が多いため、冷たい飲み物を口に含んで間接的に冷やしたり、冷たいおしぼりなどを頬に当ててみてください。
- インプラント周辺の違和感・痛みの場合
インプラント周辺に痛みや腫れがある場合は、インプラント周囲炎の初期症状や、人工歯のネジの緩みなどが考えられます。
- 絶対にしてはいけないこと: 患部を舌や指で触ったり、過度に強いブラッシングを行ったりすることは、炎症を悪化させる可能性があるため避けてください。
- 清潔を保つ: 可能であれば、うがい薬や持参した低刺激の歯磨き粉で、優しく周囲を清掃し、清潔に保つように努めてください。
- 事前の準備と確認事項
旅行や出張前に、インプラントの状態をチェックしておくことが最も重要です。
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確認事項 |
目的 |
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定期検診の受診 |
インプラント周囲炎や天然歯の未治療の虫歯がないかを確認する |
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鎮痛剤の準備 |
万が一の痛みに備え、事前に担当医から処方または推奨された薬を準備する |
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海外の場合 |
現地の緊急歯科医療機関の情報を事前に調べておく |
搭乗中に強い痛みが続く場合は、安全な着陸後に、すぐに医療機関を受診してください。

