インプラント治療は、失った歯を補うための非常に有効な治療法として広く認知されています。しかし、中には「インプラントの被せ物が何度も取れてしまう」というお悩みを抱えている方もいらっしゃるかもしれません。せっかく時間も費用もかけて治療したインプラントの被せ物が取れると、不安や戸惑いを感じるのは当然のことです。なぜこのようなことが起こるのでしょうか?もしかしたら、その原因は一つではないかもしれません。
インプラントの被せ物が取れる原因
インプラントの被せ物(上部構造)が取れてしまう原因はいくつか考えられます。インプラント体そのものが骨と結合している限り、被せ物が外れること自体は大きなトラブルではないこともありますが、放置すると別の問題を引き起こす可能性もあります。ここでは、被せ物が取れる主な原因について解説します。
- 接着剤(セメント)の劣化: 被せ物は、インプラント体の上に取り付けられたアバットメントと呼ばれる連結部分に、専用の接着剤(歯科用セメント)で固定されています。このセメントは、時間の経過とともに唾液や噛む力の影響を受け、徐々に劣化していくことがあります。劣化が進むと接着力が弱まり、最終的に被せ物が外れてしまうことがあります。これは最も一般的な原因の一つで、インプラント治療後、数年が経過してから起こることが多い傾向にあります。
- 強い噛み合わせの力や食いしばり・歯ぎしり: インプラントは非常に丈夫ですが、天然歯と同様に、過度な力が加わると負担がかかります。
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- 日常的な噛み合わせの力: 硬いものを頻繁に噛んだり、特定のインプラントに集中的な力がかかったりすると、被せ物とアバットメントの間の接着部分に負担がかかり、セメントが剥がれやすくなります。
- 食いしばり・歯ぎしり: 就寝中などに無意識に行われる食いしばりや歯ぎしりは、日中の噛む力よりもはるかに強い力が歯にかかります。これにより、被せ物に繰り返し強い力が加わり、接着が緩んだり、場合によっては被せ物自体が破損したりすることもあります。マウスピースなどで対策をしていない場合、被せ物が外れるリスクが高まります。
- 被せ物やアバットメントの破損: 被せ物の素材(セラミックなど)は非常に硬いですが、強い衝撃や持続的な力により、ひび割れが生じたり、一部が欠けたりすることがあります。また、被せ物とインプラント体を連結するアバットメントが、金属疲労などによって破損するケースも稀にあります。被せ物やアバットメントが物理的に破損すると、当然ながら結合が不安定になり外れてしまいます。
- インプラント周囲炎の進行: インプラント周囲炎は、インプラントの歯周病とも呼ばれ、インプラント体の周りの歯茎や骨が炎症を起こす病気です。この炎症が進行すると、インプラント体を支える骨が溶けてしまい、インプラント体自体がグラついたり、最終的には脱落したりする原因となります。被せ物が外れる直接の原因とはなりにくいですが、インプラント周囲炎によってインプラント体の安定性が失われると、被せ物にも悪影響が及ぶ可能性があります。
- インプラント体の緩み: ごく稀なケースですが、インプラント体と骨の結合が不十分であったり、結合が一度はしたものの、何らかの理由で結合が弱まったりして、インプラント体自体が緩んでしまうことがあります。この場合、その上に乗っている被せ物も安定せず、取れやすくなります。
これらの原因のいずれか、または複数が組み合わさって、インプラントの被せ物が外れることがあります。自己判断で対処しようとせず、速やかに歯科医院を受診して原因を特定し、適切な処置を受けることが重要です。
インプラントの被せ物が取れたときにしてはいけないこと
インプラントの被せ物が外れてしまうと、驚きや不安から、つい自己判断で何とかしようと考えてしまう方もいらっしゃるかもしれません。しかし、誤った対処は、お口の中の状態をさらに悪化させたり、治療をより複雑にしてしまったりする可能性があります。ここでは、インプラントの被せ物が取れてしまった際に、絶対にしてはいけないことをいくつかご紹介します。
- ご自身で付け直そうとする: 外れた被せ物を、ご自身で元の位置に戻そうとしたり、市販の接着剤で付け直そうとしたりすることは絶対に避けてください。被せ物は精密に作られており、わずかなズレでも噛み合わせに影響を与えたり、インプラント体や周囲の組織に負担をかけたりする可能性があります。また、無理に押し込むことで、被せ物自体やインプラント、アバットメントを破損させてしまう恐れもあります。市販の接着剤は歯科用ではないため、お口の中で有害な物質が溶け出したり、被せ物がしっかりと固定されず、誤って飲み込んでしまったりする危険性もあります。
- 外れた被せ物を放置する: 「しばらくこのままで大丈夫だろう」と外れた被せ物を放置することは、さらなるトラブルの原因となります。
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- 噛み合わせのバランスが崩れる: 被せ物がなくなった部分には歯がないため、噛み合わせのバランスが崩れ、周囲の歯や顎関節に余計な負担がかかる可能性があります。これにより、肩こりや頭痛などの全身症状につながることもあります。
- 汚れが溜まりやすくなる: インプラント体やアバットメントが露出した状態になると、食べかすやプラークが溜まりやすくなり、インプラント周囲炎のリスクが高まります。インプラント周囲炎が進行すると、インプラント体が脱落する原因にもなりかねません。
- 舌や頬を傷つける: 露出したインプラント体やアバットメントの角で、舌や頬の内側を傷つけてしまうことがあります。
- インプラント体の安定性の低下: 噛み合わせの力が適切に分散されず、残りのインプラントや天然歯に過度な負担がかかり、それらの安定性が損なわれる可能性もあります。
- 外れた被せ物を紛失する: 外れた被せ物は、再利用できる場合があります。特にセラミック製の被せ物などは高価なものですので、失くしてしまうと、再度作製する費用がかかってしまいます。外れた被せ物はティッシュなどで包み、乾燥させないように清潔なケースに入れて保管し、歯科医院を受診する際に必ず持参してください。
インプラントの被せ物が取れた場合は、慌てずに、まずは歯科医院に連絡し、指示を仰ぐことが最も大切です。自己判断での行動は避け、速やかに専門家である歯科医師の診察を受けるようにしましょう。
インプラントの被せ物が取れた時の対処法
インプラントの被せ物が外れてしまうと、戸惑いや不安を感じるのは当然です。しかし、適切な対処法を知っていれば、冷静に対応し、よりスムーズに問題解決へと進めることができます。
- 外れた被せ物を保管する: まず、外れた被せ物が見つかったら、なくさないようにティッシュなどで優しく包み、清潔な小さな容器(プラスチックのケースなど)に入れて保管してください。特に、セラミック製の被せ物は非常に高価であり、破損していなければそのまま再利用できる可能性があります。もし紛失してしまうと、再作製のために余分な費用と時間がかかってしまいます。
- 慌てずに歯科医院へ連絡する: 被せ物が外れたことに気づいたら、できるだけ早くインプラント治療を受けた歯科医院、またはお近くの歯科医院に連絡し、状況を伝えましょう。この時、いつ、どのように外れたか、痛みや違和感があるかなどを具体的に伝えると、スムーズに予約が取れ、適切な処置に繋がりやすくなります。夜間や休診日で連絡が取れない場合は、翌診療時間内に改めて連絡してください。
- 外れた部分を清潔に保つ: 被せ物が外れた部分は、インプラント体やアバットメントが露出している状態です。この部分に食べかすが詰まったり、細菌が繁殖したりすると、インプラント周囲炎のリスクが高まります。歯科医院を受診するまでの間は、うがい薬や歯ブラシの毛先が柔らかい部分などで、優しく清掃するように心がけましょう。ただし、力を入れすぎたり、強くこすったりすると、周囲の歯茎を傷つけたり、インプラント体に負担をかけたりする可能性があるので注意が必要です。
- 硬い食べ物や刺激物を避ける: 被せ物が外れた状態で硬いものを噛むと、露出したインプラント体やアバットメントに直接力がかかり、破損したり、周囲の歯茎を傷つけたりする危険性があります。また、熱いものや冷たいもの、辛いものなどの刺激物も、不快感や痛みを引き起こす可能性があります。歯科医院を受診するまでは、外れた側での食事を避け、おかゆやスープなど、柔らかいものを反対側で噛んで食べるようにしましょう。
- 無理に触らない・いじらない: 外れた部分が気になっても、舌や指で頻繁に触ったり、いじったりすることは避けましょう。これにより、細菌感染のリスクを高めたり、粘膜を傷つけたりする可能性があります。
インプラントの被せ物が外れることは、緊急性が高い場合とそうでない場合がありますが、いずれにしても専門家による診察が必要です。自己判断での処置は避け、必ず歯科医師の指示に従って行動するようにしてください。
インプラントが取れて再治療が必要なケース
インプラントの被せ物が外れた場合、多くは単にセメントが劣化して外れただけで、再び接着し直すことで問題なく使用できるケースがほとんどです。しかし、中には再治療が必要となる、より深刻な状況が隠されていることもあります。ここでは、どのような場合に再治療が必要になる可能性があるのか、その代表的なケースについて解説します。
- 被せ物やアバットメントの破損: 被せ物自体にひびが入っていたり、欠けていたりする場合、そのまま再接着しても強度が保てず、再び外れてしまう可能性が高いです。また、インプラント体と被せ物を繋ぐアバットメントが破損している場合も、被せ物を安定して支えることができないため、新しいアバットメントへの交換や、それに伴う被せ物の再作製が必要になります。特に、強い食いしばりや歯ぎしりの癖がある方は、こうした物理的な破損のリスクが高まります。
- インプラント周囲炎の進行: インプラント周囲炎は、インプラントの歯周病とも呼ばれ、インプラント体の周りの歯茎や骨が炎症を起こす病気で、進行するとインプラントを支える骨が溶けてしまいます。被せ物が外れた際に、インプラント体の周囲の歯茎が赤く腫れていたり、膿が出ている場合は、インプラント周囲炎が進行しているサインかもしれません。この場合、まずは炎症の治療が最優先となり、炎症が落ち着いてから被せ物の再装着や、場合によってはインプラント体そのものの再治療が必要になることもあります。骨の吸収が進んでいる場合は、インプラントを撤去し、骨の再生治療を行ってから再度インプラントを埋入する大掛かりな処置が必要になることもあります。
- インプラント体と骨の結合不全・緩み: インプラント治療後、何らかの理由でインプラント体と顎の骨との結合が不十分であったり、一度結合したものが緩んでしまったりするケースもごく稀にあります。被せ物が外れた際に、インプラント体自体がグラグラと動くような場合は、結合不全や緩みが考えられます。このような状況では、被せ物を再装着しても安定しないため、多くの場合、インプラント体を撤去し、再度骨の状態を整えてからインプラント治療をやり直す「再埋入」が必要となります。これは、最も大掛かりな再治療となり、時間も費用もかかる可能性があります。
- 噛み合わせの不具合: インプラント治療後の噛み合わせが、長期間にわたって適切でなかった場合、特定のインプラントに過度な負担がかかり続け、被せ物が外れやすくなることがあります。また、周囲の天然歯の移動や、加齢による顎関節の変化なども、噛み合わせのバランスを崩し、インプラントに影響を与えることがあります。このような場合は、被せ物を単に付け直すだけでなく、全体の噛み合わせを調整する治療や、場合によっては被せ物の作り直しが必要となることがあります。
これらのケースは、ご自身で判断することが難しいため、インプラントの被せ物が外れた際には、必ず歯科医師に診てもらい、正確な診断を受けることが何よりも重要です。早期に適切な処置を受けることで、より大きなトラブルを防ぎ、インプラントを長く快適に使用することに繋がります。
まとめ
インプラントの被せ物が外れてしまうと、不安を感じるのは当然のことです。しかし、その原因は様々であり、多くの場合、適切な対処によって解決が可能です。
インプラントの被せ物が取れる主な原因としては、以下のようなものが挙げられます。
- 接着剤(セメント)の劣化: 時間とともにセメントの接着力が弱まること。
- 強い噛み合わせの力や食いしばり・歯ぎしり: 過度な力が被せ物にかかること。
- 被せ物やアバットメントの破損: 物理的なダメージによるもの。
- インプラント周囲炎の進行: インプラントを支える組織の炎症。
- インプラント体と骨の結合不全・緩み: インプラントそのものの安定性の問題。
もし被せ物が外れてしまった場合は、決してご自身で付け直そうとせず、外れた被せ物を清潔に保管し、速やかに歯科医院へ連絡することが最も重要です。放置することは、噛み合わせのバランスの崩れやインプラント周囲炎のリスクを高める原因となるため、避けましょう。
再治療が必要となるケースとしては、被せ物やアバットメントの破損、インプラント周囲炎の進行、インプラント体と骨の結合不全や緩み、そして噛み合わせの不具合などが考えられます。これらの問題は、ご自身では判断が難しいため、必ず歯科医師による精密な診断が必要です。
インプラントは、適切にケアし、定期的なメンテナンスを受けることで、長期間にわたって安定して使用できる素晴らしい治療法です。もしインプラントの被せ物が外れてお困りの方がいらっしゃいましたら、一人で悩まず、まずは歯科医院にご相談ください。早期の対応が、インプラントを長く快適に使い続けるための鍵となります。